あやめ野スミアル


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あやめ野スミアルが誕生して早9年が経とうとしていた西暦2011年の夏の日、

旧あやめ野スミアル方面より不穏な動きが見え始めた。

既に崩壊している旧あやめ野スミアルにおいて、その地にはびこる魔力の残照によって形を留め続けていた裏部屋が終わるというのだ。

この地を訪れた者が集い、語らい、その足跡を残していったあの場所が、最早維持出来なくなるのである。

その魔力を統べていた主がこの地を去ることがその要因らしい。

 

であごるはすぐさま調査を開始して、それが逃れられない真実であることを知った。

裏部屋はこれまでも幾度となく崩壊の危機を迎え、一時的に閉鎖されるという事態に見舞われて来たが、今回の崩壊は裏部屋を完全に壊すものであった。

であごるは絶望の中、その事実を我が主にお伝えした。

 

『ス・スス・ススス・・・』我が主は驚愕とも独り言ともとれる吐息を洩らすと、おもむろに口を開いた。

『掘るのよ、もう一個掘ればいいのよ。昔あっちのシミアル壊れた時もそうしたのよ。』

 

そうだった。この地を覆う魔法は時に暴走を来してあやめ野スミアルに甚大な被害をもたらして来たが、

この地の住人はその度に降りかかる困難を克服して来たではないか。何も慌てることはないのだ。

 

そうと決まればやることは二つだった。一つは新たな部屋を造ること。

そしてもう一つは、裏部屋で語り継がれた言葉を残すことだ。

 

作業は不眠不休の中、昼夜を問わず行われた。

しかし、新たな部屋を造るための場所はそう簡単には見つけられなかった。

何しろ既に崩壊した地に残された部屋の代わりを、その地で新たに見出そうというのだ。崩れた山の土や瓦礫が散乱する跡地において、その場所探しは難航した。

 

そんな中、裏部屋を覆っている魔力が完全に尽きるその日時が、風の便りによってもたらされた。

西暦2011年6月30日。

この日をもって裏部屋はその歴史に幕を閉じるのだ。

 

『おぉ、スメアゴル』であごるは天を仰いで汁気を求めた。時間がない。

新たな部屋造りのための敷地を探している内に、為すべきことを何一つ為していなかったことに気付いたであごるは、新たな場所探しを一時中断して今為すべきことに取りかかった。

 

裏部屋という影と安らぎに満たされた根源へと続く道に綴られた、ここを訪れた人々の歴史が紡ぎ出された言葉を残す作業である。

 

影に彩られた静寂の館とあって、裏部屋に残された言葉は膨大ではなかった。

だが、一つ一つの言葉を読み返せば、その時の情景が今もなお鮮明に蘇るものばかりだ。

この言葉を決して失ってはならない。その思いを抱きつつ、であごるは一つ一つの言葉を全て書き写し、それらを保存すべくまとめていった。

 

 

何とか裏部屋で語られた言葉の保存作業が終了した時、であごるにはもう新たな部屋を造るための時間は残されていなかった。

それでもであごるの心は、静かな充足感で満たされていた。大事なのは部屋ではなく、その中で語られ、書き残されて来た言葉なのだ。

その言葉を残せた今、部屋の造りは些細な問題であったのだ。

 

そこでであごるは裏部屋のすぐ脇に穴を掘り始めた。土と瓦礫にまみれたお山の低い岸壁を掘って、そこを新たな部屋とすればいい。

そこに人々が訪れ、何かを語らい、言葉を記せば、新たな歴史が紡ぎ出されるだろう。

 

こうして裏部屋の歴史は幕を閉じ、新たな部屋『あやめ野スミアル隠れ穴』が誕生した。

西暦2011年7月1日のことである。


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あやめ野スミアル全更改日誌


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